卒業
LOUDNESS豆日記&情報
LOUDNESS結成前、ヴォーカリストを探していたたっかんに僕を紹介したのはマー君だった。
マー君は僕がアースシェイカーでやっていた頃のライブを何度か見ていて、(ゲディーリーの声そっくりの奴がおるやんけ!このヴォーカル凄いやんけ!)と思っていたそうな。
マー君はプログレが大好きな人で、特にRUSHの大ファンでもあった。
アースシェイカーがマー君の大好きなRUSHのコピーをやっていたと言うのも奇遇。
もしアースシェイカーがRUSHのコピーをやっていなかったら、僕はマー君の目にとまらなかったかもしれない。
そうなれば、僕の人生も大きく変わっていただろう。
確実に今こうしてブログを書いていなかっただろうな。
================
高校3年の秋が来た。
シャラはプロ宣言したけれど取りあえずは大学へ進学することになった。
僕はどういう進路をとるべきか決めかねていた。
恥を忍んで書くと、実は高校入学した頃は医学部へ進む夢があった。
当時、上之宮高校と言うところは高校1年の早い段階で理数系/文系の進路を決める実力試験があり、医学部志望だったけれど実力試験で数学のあまりの惨憺たる結果ゆえ文系コースへほぼ強制的に行くことになった。
医学部という夢は早々に破れたものの、文系に関してはまったく興味も無く、将来何をすべきか分からなくなっていた。
そんな時、シャラとの出会いがありロックにのめり込んだわけだが、だからと言ってプロのミュージシャンになるという自覚は無かった。
と言うか、プロのミュージシャンってどうやってなるのか分からなかったし。
ミュージシャンのプロ試験があるという話は聞かないし、コネがあるわけでも無かったし。
何よりもロックで喰って行けるような自信が無かった。
自分の進むべき道、やるべきことが分からなかったけれど、どこかの会社へ就職するのは違うような気がしていた。
漠然とだが、自分にはサラリーマン以外に何かやるべきことがあるように思えてならなかった。
それが何であるかは分からなかったけれど、何か見つかるかもしれないと言うこともあって取りあえず大学へ行くことにした。
大学の4年間で何か見つかるかもしれない・・・
僕は大学に進学することにした。
今から思えばこんな悠長な動機で、決して安くない私立大学へ行かせてくれた親には本当に感謝の言葉をいくら言っても足りないぐらいだ。
高校最後の春が来て、そして僕達は高校を卒業した。
ロックに目覚めロックのイロハを学んだ3年間だった。
ロックで大事な仲間に巡りあい、いっぱい笑ったし楽しかった。
ロックのお陰で不良になってグレルようなことも無く、ロックでいろんなことを学んだ。
ロックと共に僕の青春があった。
高校3年間の間には色んなことがあったけれど、このブログに相応しいできごとはとりあえずこれ以上思い出せない・・・。
僕は京都の仏教大学社会学部社会学科へ進むことになり、シャラは大阪の大学が決まった。
大学は別々になったけれどアースシェイカーと言うバンドは続けていくことには変わりはなった。
大学へ進学して、アースシェイカーの活動は益々本格的になった。
本格的に活動するに従い楽器も本格的なものが欲しくなった。
「ニーちゃん俺ギブソンのフライングV買うで、マイケルシェンカーと同じ白色や!ニーちゃんもなんかホンモン一緒に買えへんか?」シャラはある日電話口でそう宣言した。
「ま、まじかいな!」
確かに、琵琶ベースはちょっと物足りない感じがしていたし、とにかくベースを買うために僕はバイトに励んだ。
本格的なベース・・・

実はあまりベースにはこだわりは無かったけれど、最早ポールマッカートニーが使っていたヴァイオリンベースでは無いことだけは確かだった。
ゲディリーが使っていたリッケンバッカーモデルは弾きにくい印象があった。
散々迷った挙句、ミュージックマンのスティングレーベースに決めた。(写真の奴ね!色も同じです!)
エアロスミスのライブでトムハミルトンが使っていてベースの存在感もさることながら音が一番好みだったからだ。
リッケンバッカーのゴリゴリ系より、フェンダー系の音の方が好きだった。
「俺、ミュージックマン買うわ」ある日電話でシャラに言うとシャラも賛同してくれた。
バイトでお金も溜まりめぼしい楽器屋さんもシャラと一緒に決めた。
シャラと一緒に買いに行く約束をしたのになかなかシャラから買いに行く日取りの電話が来なかった。
もう待ちきれ無くなった僕は電話した。
「早よ買いに行こうな楽器!」僕はシャラに言った。
「今週の土曜日に行こうや」僕は具体的に曜日を指定した。
「ん~あかん、ニーちゃん土曜はあかんで、その日仏滅やんけ!」シャラの意外な台詞にひっくり返った。
「まさか、あんた、こんなことに縁起を担ぐ気かいな!!」
「あたりまえやんけお前、そんな縁起の悪い日に大事な一生もんのギター買えるかっちゅうねん!!ほんなもんお前、大安の日に決まってるやろうが!」
シャラの意外な古風な一面を垣間見た瞬間であった。
次の大安の日があれほど長く感じたことはなかった。
一生「大安」が来ないのではないかと思うほどに長かった。
LOUDNESS結成前、ヴォーカリストを探していたたっかんに僕を紹介したのはマー君だった。
マー君は僕がアースシェイカーでやっていた頃のライブを何度か見ていて、(ゲディーリーの声そっくりの奴がおるやんけ!このヴォーカル凄いやんけ!)と思っていたそうな。
マー君はプログレが大好きな人で、特にRUSHの大ファンでもあった。
アースシェイカーがマー君の大好きなRUSHのコピーをやっていたと言うのも奇遇。
もしアースシェイカーがRUSHのコピーをやっていなかったら、僕はマー君の目にとまらなかったかもしれない。
そうなれば、僕の人生も大きく変わっていただろう。
確実に今こうしてブログを書いていなかっただろうな。
================
高校3年の秋が来た。
シャラはプロ宣言したけれど取りあえずは大学へ進学することになった。
僕はどういう進路をとるべきか決めかねていた。
恥を忍んで書くと、実は高校入学した頃は医学部へ進む夢があった。
当時、上之宮高校と言うところは高校1年の早い段階で理数系/文系の進路を決める実力試験があり、医学部志望だったけれど実力試験で数学のあまりの惨憺たる結果ゆえ文系コースへほぼ強制的に行くことになった。
医学部という夢は早々に破れたものの、文系に関してはまったく興味も無く、将来何をすべきか分からなくなっていた。
そんな時、シャラとの出会いがありロックにのめり込んだわけだが、だからと言ってプロのミュージシャンになるという自覚は無かった。
と言うか、プロのミュージシャンってどうやってなるのか分からなかったし。
ミュージシャンのプロ試験があるという話は聞かないし、コネがあるわけでも無かったし。
何よりもロックで喰って行けるような自信が無かった。
自分の進むべき道、やるべきことが分からなかったけれど、どこかの会社へ就職するのは違うような気がしていた。
漠然とだが、自分にはサラリーマン以外に何かやるべきことがあるように思えてならなかった。
それが何であるかは分からなかったけれど、何か見つかるかもしれないと言うこともあって取りあえず大学へ行くことにした。
大学の4年間で何か見つかるかもしれない・・・
僕は大学に進学することにした。
今から思えばこんな悠長な動機で、決して安くない私立大学へ行かせてくれた親には本当に感謝の言葉をいくら言っても足りないぐらいだ。
高校最後の春が来て、そして僕達は高校を卒業した。
ロックに目覚めロックのイロハを学んだ3年間だった。
ロックで大事な仲間に巡りあい、いっぱい笑ったし楽しかった。
ロックのお陰で不良になってグレルようなことも無く、ロックでいろんなことを学んだ。
ロックと共に僕の青春があった。
高校3年間の間には色んなことがあったけれど、このブログに相応しいできごとはとりあえずこれ以上思い出せない・・・。
僕は京都の仏教大学社会学部社会学科へ進むことになり、シャラは大阪の大学が決まった。
大学は別々になったけれどアースシェイカーと言うバンドは続けていくことには変わりはなった。
大学へ進学して、アースシェイカーの活動は益々本格的になった。
本格的に活動するに従い楽器も本格的なものが欲しくなった。
「ニーちゃん俺ギブソンのフライングV買うで、マイケルシェンカーと同じ白色や!ニーちゃんもなんかホンモン一緒に買えへんか?」シャラはある日電話口でそう宣言した。
「ま、まじかいな!」
確かに、琵琶ベースはちょっと物足りない感じがしていたし、とにかくベースを買うために僕はバイトに励んだ。
本格的なベース・・・

ゲディリーが使っていたリッケンバッカーモデルは弾きにくい印象があった。
散々迷った挙句、ミュージックマンのスティングレーベースに決めた。(写真の奴ね!色も同じです!)
エアロスミスのライブでトムハミルトンが使っていてベースの存在感もさることながら音が一番好みだったからだ。
リッケンバッカーのゴリゴリ系より、フェンダー系の音の方が好きだった。
「俺、ミュージックマン買うわ」ある日電話でシャラに言うとシャラも賛同してくれた。
バイトでお金も溜まりめぼしい楽器屋さんもシャラと一緒に決めた。
シャラと一緒に買いに行く約束をしたのになかなかシャラから買いに行く日取りの電話が来なかった。
もう待ちきれ無くなった僕は電話した。
「早よ買いに行こうな楽器!」僕はシャラに言った。
「今週の土曜日に行こうや」僕は具体的に曜日を指定した。
「ん~あかん、ニーちゃん土曜はあかんで、その日仏滅やんけ!」シャラの意外な台詞にひっくり返った。
「まさか、あんた、こんなことに縁起を担ぐ気かいな!!」
「あたりまえやんけお前、そんな縁起の悪い日に大事な一生もんのギター買えるかっちゅうねん!!ほんなもんお前、大安の日に決まってるやろうが!」
シャラの意外な古風な一面を垣間見た瞬間であった。
次の大安の日があれほど長く感じたことはなかった。
一生「大安」が来ないのではないかと思うほどに長かった。
by loudness_ex
| 2008-03-31 19:20
