よくよく考えると、そもそもシャラは「おもろい声してんなぁ」と言って僕に声をかけてきたのだ。
要するに、本来なら僕は「ヴォーカリスト」としてバンドに参加すべきだった。
んがぁ~しかし、バンドと言えば「楽器」と考えてしまったんだなぁ・・・・かわいい。
なにより、その頃、僕自身、ロックシンガーになるという考えは微塵も無かったのも事実だし、歌うことも歌えることも頭の中には無かったのだ。
ロックシンガー二井原誕生にはまだもう少し時間がかかるのだ・・。
後にも先にも、僕の「声」の可能性を誰よりも先に注目したのがシャラだったのは間違いない。
僕が軽音クラブの自己紹介で歌った声にシャラの本能が何かを感じ、僕とバンドをすることを選択した。
その選択が、二人のその後のロックミュージシャン人生に大きく影響することなど知る由も無いけれど、神様は僕とシャラをくっつけてくれたのだ。
ある日、シャラは背の高いロングヘアーのAを連れてきた。
のっぽのA君、ドラマーだそうな、シャラはすでにドラマーは決めていたようだ。
これで、ギター、ベース、ドラムは決まった。
この3人で学校の行き帰りは一緒に通い、学校まで歩きながらバンドの話をした。
たまには禁止されていた喫茶店にも行って話した。
のっぽのA君はかなりドラムの腕に自信があるようだ、シャラはロックの知識が豊富だし話しぶりからしてギターが上手いのも明白だ。
坊主頭の僕はただただ彼等の話にうなずくだけで精一杯だった。
家に帰ってケース付き1万円のフレッシュのベースギターを取り出した。
(あかん、なんとかせなあかんなぁ・・・ベースなんとか弾けるようにせなあかん)
気持ちはあせるばかりで途方にくれるしかなかった。
せめてチューニングができなあかんなぁ・・・それにはベースの音が聞けるようにアンプが必要やなぁ・・・思い切ってベースアンプを買おう・・・。
親に買ってもらったのか、家のお金を盗んだのか、どうやって手に入れたかは覚えていないけれど、とにかくベースアンプを買った。
ローランドの50ワットの小さなベースアンプだ。
初めてフレッシュ君のベースの音を聞いた!
(おぉ!!これがベースの音か!!!!)
ベースを買って3年後にはじめてベースの音を聞いたのだ。
アンプから出るベースの音に全身の血が騒いだ、興奮した、夢中になった。
そして念願だったチューニングも出来るようになった!
これは大きな一歩、大前進だった。
数日ベースアンプの音を聞いているうちにシャラからもらったテープ”モントローズ”の曲のベースの音が聞き取れるようになった。
(おぉ!!これか!!!聞こえたぞ!!ベースの音聞こえる!!フレーズも分かるぞ!)
悶えるほどに興奮した。
聞こえるフレーズを必死で真似た・・・・自分なりに。
おぉ~~コピー出来そうや!!
本当に嬉しかった。
部屋にこもって何時間もベースを弾いた、無我夢中で弾いた・・自分なりに。
「そろそろバンドの練習しょうか?今日、練習スタジオの予約しに行こうや」シャラが提案した。
のっぽのA君も「おぉやろやろ」と乗り気である。
坊主頭の僕はバンドの練習はスタジオを借りてやると言うことを始めて知った。
二人はすでにスタジオでの演奏は経験済みのようだった。
学校の帰り地下鉄「大国町」にあったヤマハのスタジオへ行った。
生まれて初めての練習貸しスタジオだ。
(おぉ、こ、これが、ス、スタジオかぁ・・)
汗びっしょりの坊主頭の僕はスタジオの雰囲気に唾を飲み込んだ、緊張していた。
始めてみる防音扉、始めてみるロビーでたむろするロングヘアーのヒッピーのようなミュージシャン達、タバコの煙・・・すべてが大人の世界だと思った。
よく見ると、そのロビーのソファーにはデビュー前の上田正樹氏とサウストゥーサウスのメンバーが談笑しているではないか!!!!
上田正樹氏のガラガラのハスキーな話声が聞こえた時気絶しそうになった・・
わぁ~~有名人やぁ~~~~。
いよいよ練習の日も決まった。
曲はモントローズ"I got the fire"だ。
僕は猛練習した・・・・自分なりに。
その自分なりの練習の結果が悲惨な結果をみるのだが・・・。