ツアーの合間を縫って、アトランティックレコードから出る次のアルバムのプリプロダクションをやった。
要するに曲作りだ。
今までは、自分達で好きなように作ってきたけれど、次作からはプロデューサーと一緒にレコーディングだ。
確かに、海外アーティストのCDのクレジットを見ていると、プロデューサー名がデカデカと表示されている。
ともすれば、メインアーティストより名前が大きい扱いの場合も多い。
その頃の日本ロック界では、まだプロデューサーと仕事をすると言う習慣はあまり無かった。
小室哲也のような存在はずっと後になってからのことだ。
日本ではレコード会社にディレクターと言う人がいて、もっぱらその人がプロデューサー的な役割をしていた。
そのディレクターは、レコーディング予算組み、スタジオの選択、候補楽曲選択、歌詞の内容チェック、アルバムアートデザインのコンセプト作りや、ヴォーカルレコーディングには必ずと言っていいほど立ち会っていたし、時には人生相談も引き受けるような、親代わりでもある(笑)
「で、プロデューサー・・・・って何する人なんや?」
僕は頭で考えたけれど、答えは見つからなかった。
そんなある日、アメリカからプロデューサー候補のFAXが届いた。
20名ほどの名前が候補として挙げられていた。
“Martin Birch, Roger Glover, Ted Templeman, George Martin, Gene Simmons, Trevor Horn, Robert John "Mutt" Lange, Max Norman….etc”
「凄いなぁ・・・」
プロデューサ候補の名前を見てメンバーはため息をついた。
「ジョージーマーティンってビートルズの人やん!!」
マー君は興奮した。
僕はアビーロードスタジオで歌っている自分を想像し、アビーロードのアルバムジャケットが頭に浮かんだ。
「でも、LOUDNESSヘビーメタルバンドやで・・・」
「さすがにジョージーマーティンは違うよな・・・」
誰かが言った。
「でも、オモロイかもしれんで~」
タッカンが笑いながら言った。
(もしかしたらポールマッカートニーと会えるかも)
僕は完全にミーハーだった。
それにしても、各プロデューサーの過去プロデュース作品を見ているだけでも目が眩んだ。
超メガトン級のバンド&名盤アルバムばかりだ!!
まさに人類のハードロックの歴史そのままであった。
こんな人達と一緒に仕事をするのか・・・・。
「不安」
僕の頭はこの2文字で一杯であった。
そして、プロデューサーと言う怪物の正体が少し見えてきたような気がした。
次作のデモ作りでスタジオに入ることになった。
今までは、タッカンの小さなテープレコーダーを使って曲作りをしていたけれど、今回は日本コロンビアのレコーディングスタジオを使っての曲作りとデモ録音である。
なんと贅沢な・・・・。
とは言っても、世界的プロデューサーへ送るデモ音源である、失礼があってはならぬ、当然か。
曲作りは順調だった。
タッカンには沢山のアイデアがあった。
タッカンのギターのリフを中心に曲作りは進んだ。
そして、マー君にもアイデアがあった。
「こんなアイデアがあるんやけど・・」
マー君がベースのラインを弾き出した。
とても素敵なプログレッシブなベースラインだった。
マー君は大のプログレ好きだ、どこかにラッシュの匂いがする。
変拍子を多用したプログレ曲的なアイデアだった。
「おぉ~格好エエやん」
タッカンがマー君のベースラインを聞きながら、色々アイデアを付け足して”Run for your life”が完成した。
「こんなんもあんねん・・・」
8分6のヘビーなベースラインだった。
ヨーロッパ的なヘビーメタル然としたベースラインだった。
そして、”Heavy Chain”が完成した。
「やっぱり、あれかな・・・アメリカ的な曲も考えた方がええんかな?」
とタッカン。
「そうやな・・・皆で歌えるような曲なぁ・・・」
とマー君。
「大きなリズムのシンプルな曲なぁ・・・」
とひぐっつあん。
「ちょっとシンプルすぎるかもしれんけど・・」と言ってタッカンがそのリフを弾き出した。
確かに、サビが2コードでとてもシンプルな曲だった。
「サビのメロディーもアイデアがあんねん」
と言いながらギターで弾いた。
「おぉ!これはキャッチーやな!」
僕は叫んだ。
そのサビに何か適当な言葉を考えた。
“R&R CRAZY NIGH”
とりあえず、デモではこれで歌っておこう!
さて、ここで問題は歌詞である・・・。
「歌詞・・・どうすんねん・・・」
「全部英語にせなあかんねやろ・・・」
「そりゃ急には無理やろ」
僕は再び絶望的な気分が襲った。
アメリカ契約してからと言うもの、僕はずっと絶望的な気分だった・・・(涙)
「とりあえず、ハナモゲラで録音しておこう」
誰かはまだ決まっていないけれど、その世界の名プロデューサーに「ハナモゲラ」を送るのである!!
さすがLOUDNESSであった。
「CRAZY NIGHT」の最後のとこみんなで叫ぶとこ入れたいな。
とタッカンが提案した。
“yeah! Gosh! Gya!!”
それまでハナモゲラで適当に叫んでいた箇所だった。
「ここはみんなでイメージ通りに録音しよか?」
とタッカン。
「“yeah! Gosh! Gya!!”だと叫びにくな・・」
「とりあえず、イメージ的にはこんな感じや!」
と言ってタッカンが叫んだ。
“M!Z!A!”