僕は驚いたと同時に天に昇るような嬉しい気持ちだった。
嬉しくって、何度もそのエアーメールの封筒を見た。
この一通の手紙がクタクタにくたびれていた僕をどれほど元気にしてくれたことか!
Air-Mailと言うスタンプに胸が躍った。
USAと言う国名のスタンプに甘酸っぱい気分になった。
そして、手書きのミッシェルの名前と住所を見て不思議な気分だった。
日本人が書くアルファベットとは明らかに違う文字に釘付けになった。
日本で産まれ育ち日本しか知らない僕の人生に異国の友人ができたことに表現の出来ない感動を覚えた。
早速封筒を開けた。
“Dear MINORU,…”
手紙を読んで愕然とした。
頭の名前の部分と「お元気ですか?」の挨拶部分はすぐに理解できたが、他の文面の70%の英文が理解できなかったのだ。
笑顔のマークや、ハートマークが付いている部分はなんとなく意味は汲み取れたけれど・・・。
僕にすれば、いっそうのこと象形文字の方が分かりやすかったかもしれない。
これでは異性人とのコンタクトと変わらないではないか!
手紙には辞書で引いても判明できない表現があちらこちらにあり、いったい大学まで習った英語はなんだったのかと思った。
ミッシェルの手紙は汚いスラング表現ではなかったけれど、普段の若者が使う日常表現に溢れていたのだ。
そう言えば、LOUDNESS海外リリース2枚目にあたるアルバムのレコーディングをしている時に、どういうきっかけかは忘れたけれど、大学時代に使っていた社会学の外書文献とレポートをマックスノーマンに見せたことがあった。
マックスノーマンはそのテキストに目を通してあり得ないという表情で驚いた。
「ミック!(僕はアメリカでこう呼ばれていた)本当にお前はこのテキストで勉強していたのか?本当か?こんな高度なテキストが読めて、何故お前はそんなに英語が下手なんだ?単純なR&Rの歌詞すら書けないのだ?」と真面目な顔で言い放った。
とにかく僕は辞書を引きながらミッシェルに手紙の返事を頑張って書いた。
2行ぐらいはなんとか書けたけれどその先が書けない。
書きたいことは山ほどあるけれど、どう書いて良いかまったく分からぬ。
大学受験時は英文解釈の問題は比較的得意だったけれど、実際英作文がこれほどお手上げ状態だとは・・・トホホであった。
そんなこんなの海外文通ではあったけれど、ミッシェルの方もなんとか僕の奇怪な英文に丁寧に返事をくれた。
僕は本屋に通い「英語日常会話」「英文レターの書き方」「日常表現集」などなどを買い漁ったものだ。
さすがに数ヶ月も文通をしているとだいたいの意味は把握できるようにはなったけれど。
そう言えば、ミッシェルに返事を書いている時、あまりにもどかしくなってミッシェルの家に海外電話をしたことがあった。
だいたい英文が2行で行き詰ると言うのに、どうやって電話で英語のコミュニケーションをすると言うのか?
今から思えば「若い」と言うのは怖さ知らずではあるけれど、素晴らしいと思う。
理性より衝動で動いているのだ。
ある意味無茶苦茶であるけれど。
あの頃は海外電話する場合、一度電電公社に電話をしてオペレーターを通して電話をしていた。
オペレーターの女性の声がキューピッドに思えた。
少し遠くに聞こえる篭った呼び出しトーンの音色が耳に聞こえた。
初めて聞いたアメリカの呼び出し音に緊張で胸が張り裂けそうになった。
数回呼び出しトーンが鳴った時点で怖気づいて電話を切りたくなった。
(もうアカン!電話を切ろう)と思って切ろうとした時に誰かが電話に出た!
“HELLO?・・・”少ししゃがれた低い女性の声だった。
ミッシェルのお母さんが出たのだ。
てっきりミッシェルが電話に出るものと思っていたのでこれには腰を抜かした。
“AH…ye….ye…yes…ah…this..this is…mi..mino…minoru niiihara speaking”
“Who?”
もはや僕は変質者であった。
“Who’s speaking again?”
お母さんはとても親切に応対してくださった。
“ Ah….Yes…this is….ah…Japan..I am Japan….ah….oh…Michell..please..”
最早、収拾が付かない事態であった。
変質者が電話の向こうで「ミッシェル」と呟いているだけである。
僕は頭の中が真っ白になって気を失いそうであった。
これはダメだ、とてもじゃないけれど電話で英会話は無理だと思って電話を切りかけた時ミッシェルが出た・・・・。
“Hi! It’s Michell, Who’s speaking?”
僕はあまりの展開に脳がフリーズしていた。
電話をかけた事を後悔した。
手にはびっとりと汗をかいていた。
声はうわずり、かすれていた。
“Mi…Michell?? This…this is.. Minoru….”
“Is it you?? Minoru??? Really??? Are you reaaly??? calling from JAPAN?? Oh my!! How are you??”
ミッシェルはとても驚いていた様子だった。
彼女はとても甲高い声でまくし立てているけれど僕には何を言っているのか殆ど理解不能だった。
しばらく一方的にミッシェルが喋ったけれど、ミッシェルの方も僕が話を理解していない事に気がつき、そしてゆっくりと子供に語るように話してくれた。
僕は充分だった、ミッシェルの声を聞けただけで充分幸せだった。
僕は知っている単語を必死で並べた。
それに彼女は時折笑い声を上げた。
僕達がいったい何を話したのか覚えていないけれど・・・・二人は充分理解し合えた。
時折沈黙が続いたりしたけれど、息遣いだけでも気持ちが伝わった。
それは沈黙であり沈黙ではないのだ。
気がついたら45分は電話をしていたと思う。
あの時の電話、いったい、どう言うきっかけで電話を切ったのか・・・・思い出したいけれど、思い出せない。
この後の展開は既に出版されている「ロックロールジプシー」に詳しく書いたので書かないけれど、人は言葉が分からなくても気持ちがあれば何とかなるものだ。
一方、LOUDNESSは初めてのアメリカ公演後2週間ほどで始めてのヨーロッパ公演のため、再び機上の人となった。