朝10時に事務所の方からモーニングコールがあった。
彼女が作ってくれた光るスパッツを試着してみた。
「わぁ~綺麗やんかぁ~!ライトがあたったらキラキラして良い感じやない?」
「おぉほんまやな!」
二人でまだ見ぬステージ上の僕を想像して盛り上がった。
「ほな、行ってくるわ!」
「客席で観てるから、がんばってや~♪」
彼女は東京にいる友人とライブに来ることになった。
事務所に着くとすでに他のメンバーは到着していた。
「二井原君、これMCのカンペ。一応目を通しておいて。このとおり喋ったら問題ないからね、格好良いと思うよ。」
プロデューサーがわざわざMC用の原稿を用意してくれた。
「こんにちは、LOUDNESSです。俺達は・・・」
目を通してみたら、とてもまとまった内容の原稿だった。
しかしながら、これを読む余裕が自分にあるだろうかと思った。
(ん・・これは自信が無いなぁ・・・)
原稿を何度も読むものの頭に入ってこなかった。
理由は簡単、自分の言葉でないからだ。
ただ、プロデューサーの気持ちは良く分かった。
車は浅草国際劇場へ向かった。
初めて見る東京の下町だった。
(浅草って・・・・又随分粋な所でロックコンサートやるんやなぁ・・・)
浅草と言えば、雷門やストリップ劇場のイメージしかない。
浅草で外タレのライブがあったという話はあまり聞かないし。
ライブ会場が古い会場だというのは聞いた。
会場は3000人近い人が入るということも聞いた。
そして、今夜のライブのチケットは即日完売したという話も聞いた。
そう言えば、このライブが決定する前にデビューライブをどうするかと言う話で、ライブハウス1週間と言うのがあった。
デビューライブを7daysするのだ。
「7daysを完売して話題を作ろう」と言う話だった。
「それはLOUDNESSのイメージじゃない。もっとインパクトのあるスケールの大きい見せ方でないとダメだ。大きなコンサート会場でキッス並のステージセットを作って大掛かりなロックshowにするんだ!」
プロデューサーの鶴の一言で浅草国際劇場の規模のライブが決定した。
これを機にLOUDNESSは派手で大掛かりなステージを身上とするバンドとなった。
(で、でっか~~~~~~!!!!)
ステージを見て腰が砕けた。
ステージの後ろには物凄い数の照明がセットされている。
ステージ中央には巨大ドラムセットが鎮座していた。
右側にマーシャルアンプの壁。
暴力的とも言えるPAシステムのスピーカーの数・・・・。
すべてがモンスター級だった。
高校生の頃に観たキッスのライブと同等かいやそれ以上の派手なステージセットかもしれない。
まさに衝撃だった。
(こ、こんな凄いスケールのステージをいきなりデビューやるのか・・・・)
僕は震えた。
手に汗をかいた。
呼吸の仕方を忘れるほどに興奮した。
「どう?凄いだろう?このセット作るのに凄く時間かかったんだよ!!」
呆然とする僕にプロデューサーが自慢げに話した。
ひぐっつあんがドラムのサウンドチェックを始めた。
バスドラムを踏んだ。
「ド~~~~~~ン!!!!!」
その爆音の衝撃でステージ天井からほこりや物が降ってきた。
こんな馬鹿でかい音は聞いたことが無い。
山と積まれたPAシステムである、当然だといえば当然。
僕はステージの上に立ってみた。
ひぐっつあんのドラムセット台の前に立って会場を見渡した。
ひぐっつあんのキックドラムがちょうど僕の後頭部にあたる。
ひぐっつあんがキックドラムを踏む度に僕の髪の毛が揺れた。
そして、その重低音に内臓が刺激され胃袋がひっくり返ったような感じがした。
音圧ですこし気が遠くなった。
ひぐっつあんがビートを刻み始めた。
PAから出る巨大音圧で僕の体中の血が沸き立った。
ひぐっつあんのビートを聞いているだけで僕はすでに人格が変貌して行く感じがした。
これは高校生の学園祭のステージ上で体験したトランス状態に近い。
ステージの神が降りてくる感じと言ったら良いのか?
僕でありながら僕でない不思議な感じだ。
マー君のベースのサウンドチェックも始まった。
マー君も僕と同じで今日がデビューだ。
まだ19歳だというのに落ち着いた様子が頼もしい。
笑顔さえ見えている。
本当にロックが大好きなやんちゃ坊主だ。
それにしても素晴らしいゴリゴリとした重低音だ。
理想的な、いやそれ以上のサウンドだ。
僕もベースをやっていたので分かる。
そのサウンドの完成度には目を見張るほどに聞き惚れた。
ひぐっつあんと一緒にリズムを刻んだ。
この二人の独特なグルーブがLOUDNESSそのものだ、本当に心地良い。
ベースとドラムだけで酔いしれ熱狂できる。
僕はこのリズムセクションを聞いて、今日のライブはとてつもなく盛り上がるだろうと確信した。
タッカンのギターサウンドチェックも始まった。
パワーコードでギターの様子を見ている。
大きなエフェクトラックの前に立ち何度も調整をやっている。
照明が当たるたびに赤のランダムスターの鏡の部分がキラキラと光った。
客席からレイジーのコンサートでステージ上の超人的ギターを幾度と無く見てきたけれど、今夜はあのギターの横で立って歌うのかと思うと信じられないような気がした。
タッカンのギターの音は爆音でありながらも繊細で綺麗だった。
ザクザクと切り刻むリフが攻撃的でワイルドだった。
それにしても何という音のでかさだ・・・。
まさにLOUDNESSだと思った。
「二井原さん、声をくださ~~~い!」
僕はゆっくりマイクに近づいた。
ステージから客席を見た、目の前には3000人の客席が広がっていた。
その広さに目がくらんだ。
客席全体が大きく口を開けた化け物のようだった。
なかなか手ごわいような気がした。
「ア~~、ア~~、ア~~~~、Yeah!! Yeah!!! Yea~~~~~~~~~h!!!!」
会場に響き渡る自分の声に目が覚めた。
会場の残響音が快感であった。
この快感は大きなステージでのみ味わえるものだ。
声は絶好調だった。
今まで不安な気持ちだったものが吹っ飛んだ。
僕は僕でありながら僕でない感じが再び襲った・・・・。
(オリャ!オリャ!オリャ~~~!!!!今日はガツンと言わしたるで~~~!!)
「ロックシンガー二井原実」と言う奴が僕に憑依した。